大判例

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名古屋高等裁判所 昭和29年(う)628号 判決

弁護人A及びBの論旨は、本件は、公職選挙法第二百二十一条第一項の罪の併合罪と認定すべきものであつて、起訴状の公訴事実においては、被供与者を特定しなければならぬのに、本件起訴状によれば、被供与者は、徳田文一外五百十六名とあるだけで訴因が特定していないから、本件公訴は無効である、後になつて検察官が訴因を訂正追加して被供与者の氏名を明確にしたり、併合罪として予備的に訴因を追加したが、公訴が無効であるから、訴因の訂正、追加もまた無効であると謂うにある。

案ずるに、本件起訴状の公訴事実は、「被告人は、昭和二十七年十月一日施行の衆議院議員選挙に際し、三重県第二区より立候補した生悦住貞太郎の選拳運動者であつたものであるが、同年九月三十日右候補者の選挙事務所なる被告人居宅並に松阪市垣鼻二百番地安田久之助方に於て、同候補者の当選を得しめる目的を以て、予め選定しおきたる徳田文一外五百十六名の選挙人に対し、右候補者に投票依頼の趣旨で、日当名下に一人当り金二百四十円づつ(合計十二万四千八十円)を出納責任者の文書に依る承諾を得ることなく支出供与したものである」と謂うにあつて、検察官は、原審第四回と第五回公判期日において、訴因を訂正し、右の五百十六名を五百十四名と訂正し、百三十名を除く他の氏名を明らかにしたのであるが、公訴事実の犯罪を併合罪と解さずに、包括一罪と主張し、原審第六回公判期日において、検察官は、裁判所の命により、予備的に訴因を追加し、徳田文一外五百十四名に対し、各個人別に独立の犯罪が成立し、各犯罪は、併合罪であるとしたのである。而して原判決は原判示の通り、被供与者の氏名不明分百三十名については、公訴が不適法であるとして、公訴棄却の判決を為し、徳田文一外二百九十四名に対する供与について有罪判決を為し、その他の供与は、犯罪の証明なしとして無罪の判決を為し、出納責任者の承諾なくして支出した訴因は、罪とならずと判決したのである。

公職選挙法第二百二十一条第一項の供与罪は、同一場所で、同じ日に供与されても、同時に一括して供与したのでなく、本件のように一名に金二百四十円づつに分割し、被供与者毎に各別に供与したときは、各被供与者毎に犯罪が成立し、その各犯罪は、刑法第四十五条の併合罪の関係に当るのである。従つて、右のような犯罪につき、検察官が一罪と誤解して起訴しても、公判において審理の結果、併合罪に当ると認められるときは、各被供与者の氏名を明らかにしないことは、訴因を特定しない公訴と謂わねばならぬことは、所論の通りである。訴因を特定するには、起訴状の公訴事実自体で、これを明らかにすべきものであるが、起訴状の公訴事実記載が仮令訴因の特定に若干欠ける不備があつたとしても右の記載で最小限度公訴事実の同一性の確定が出来る限り右の瑕疵を以て追完による治癒を許さない違法無効の起訴とは云ひ得ない。本件はあたかもこの場合に該当するものであつて訴因も起訴状以外の書面を引用して特定し、この書面が当事者に明らかにされて居れば、違法視することはできない。又公判進行中にはじめて訴因を特定することは、被告人の防禦に実質的に不利益を来さない限り、許さるべきもので、若し公判進行中に特定されたときは、爾後、公訴提起の瑕疵は治癒されたものと解すべきであつて、その公訴は適式のものとなるのである。被告人は、本件の訴因の変更又は追加について異議を申し立てたが、本件においては、被告人が徳田文一外五百余名に対し、一人宛二百四十円づつを供与したことについては、争がなく、その供与の趣旨が争われていたもので、各被供与者と被告人との間に個別的に特別の関係があつたとか又は特殊の事情があつたとして争われていたのでなく、全体として、同一類型の行為として、その趣旨が争われていたのであるから、証拠調の途中で、被供与者の氏名を明らかにし、訴因を特定しても、被告人の防禦に実質的に不利益を来たす虞れはなかつたと認められるので、被告人に異議があつても、本件の訴因の訂正又は追加による訴因の特定は、許容さるべきものである。而して本件の有罪判決部分の各供与については、起訴状の公訴事実と同一性があると認められ、検察官が訴因を予備的に追加したことにより、訴因が明確にされているから、本件有罪判決部分についての公訴は、適法と謂わねばならない。論旨は、理由がない。弁護人A及びBの論旨第二点並に弁護人Cの事実誤認の論旨について、

(中略)

(二)、論旨の要旨は、被告人が徳田文一外二百九十三名(原判決中、西川静雄を除外した有罪部分)に金二百四十円づつを供与したのは、選挙違反のないように防犯運動を依頼した日当として供与したもので、投票報酬でないと謂うにあつて、被告人は、終始、防犯運動のため、私財を投じて、本件供与を為したと主張し、原審で取り調べた証人も、後記の通り、一部を除いては、戸別訪問や買収等の選挙違反のないように監視したり、候補者についての悪質デマを粉砕したり、候補者を歡迎するための労務賃として供与を受けたと証言しているが、原判決挙示の証拠(証人沢井真三、牧野三喜夫の各証言、同人等の検察官に対する供述調書)によれば、被告人は、生悦住候補の選挙運動者として選挙運動を為していたものであつて、昭和二十七年九月二十六日頃から同月三十日まで、被告人居宅を右候補者の移動選挙事務所とし、被告人方にその看板を掲げていたことが認められる。原判決挙示の原審各証人の証言によれば、投票日の前日又はその頃、被告人方その他生悦住の選挙事務所のあつた附近で、選挙違反の防犯運動、候補者に対する悪質デマ粉砕、候補者の歡迎等を依頼せられ、その日当として、一名二百四十円づつもらつたと供述しているが、僅かの時間自己の居宅附近を見張つたに過ぎないとか或は何もしなかつたとか又は被告人方に行つたが何も用がないから帰れと言われて帰つたが、日当は貰つたと証言し、現実に日当に値する労務を提供していないのみならず、被供与者の中には、老齢、婦女子等のため、選挙違反の監視とかデマ粉砕が何であるか理解し得ない者もあつたことが認められ、被告人もまた、防犯運動の適任者を選択したのでなく、誰彼となく選挙人を無差別に集めたことが認められる。殊に原判示の原審証人長谷川舛老、同北川理平、同中津正雄の各証言並に原審が取り調べた証人野呂宗郎、前川俊二、中津復吉、西塚秀雄の各証言によれば、被告人が二百四十円を供与したのは、防犯運動の日当名目であるが、候補者生悦住に投票を頼む趣旨であるか又は応援を頼む趣旨のものであつたことが認められる。

右の通り、被告人が候補者生悦住の選挙運動者であつたこと、被告人が協力を依頼した場所が同候補者の選挙事務所又はその附近であつたこと、投票日の前日多数の選挙人を選挙事務所に呼び寄せ、防犯運動のため日当を出すと約し、現実に防犯運動をしたかどうかにかかわりなく、無条件に一人当り二百四十円の日当を出した事実が明らかである。この事実から見て、原判決が引用している検察官又は検察事務官の各供述調書中に、被告人は防犯運動の労務賃として、一人当り二百四十円を供与したが、それは名目だけで、実際は、生悦住候補のため投票を依頼し、その報酬として供与した旨の供述記載があるのが信用できる証拠となる。従つて被告人は、巧に弁解の方法を考えて、投票依頼を為して報酬を供与したものと謂うことができる。論旨は、理由がない。

(三)、原判決は、昭和二十七年十月一日以降に供与した趣旨は、生悦住候補に投票したことの報酬と認定し、公職選挙法第二百二十一条第一項第三号を適用しているが、所論の通り、原判決挙示の証拠によるも、十月一日以降供与を受けた者が、生悦住候補に投票したことを認めるに足る証拠はないが、前記説明の通り、被告人は、被供与者全部に対し、投票前である九月三十日頃、生悦住候補者のため応援又は投票を依頼し、日当名下に報酬を供与することを約し大部分の者には、投票前供与したが、原判示の十月一日以降に供与した分については、被告人側では、投票前供与の準備として、一人当り金二百四十円を出したが、被告人の補助者として、現実に右金を渡す者の都合により、これが遅れ、投票以後に一部の被供与者が、右の報酬を現実に受取つたことが認められるので、かかる場合は、投票したことに対する報酬と認定するより寧ろ投票を依頼しその報酬を供与したものと認定するのが正当である。然しこのことは、公職選挙法第二百二十一条第一項の第一号と第三号の適用の差異だけで、刑罰に変りがないから、この点の事実誤認又は法令適用違反は、判決に影響することが明らかでないと認むべきであるから、この点についても論旨は理由がない。

(裁判長判事 高城運七 判事 柳沢節夫 判事 赤間鎭雄)

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